東京メトロ約140駅で展開されるコインロッカー事業。訪日観光客の増加などを背景に事業は順調に推移していたが、駅ごとの需要差やサイズ別の利用状況、料金体系、収益性などについては、さらなる分析の余地があった。そこでメトロコマースは、約160万件の利用データをもとに、コインロッカーの利用実態を可視化し、顧客の利便性と事業収益の向上を目指すDX推進プロジェクトを開始。本記事では、東京地下鉄株式会社 都市・生活創造本部ライフサービス事業部の加藤様、株式会社メトロコマース リテール事業本部オートサービス事業部の村加様、鹿島様、三宅様、プロジェクトを支援したレモンタルトの中辻と田原に、データ分析によって見えてきた課題と、コインロッカー事業の成長可能性について聞いた。※以下、インタビュー本文では敬称を省略しています。感覚値で捉えていたコインロッカー事業を、データで見える状態へまず初めにメトロコマース様の業務内容、および今回の「コインロッカーDX推進プロジェクト」の背景や経緯を教えてください。鹿島:当社では、東京メトロをご利用されるお客様の利便性向上を目的に、駅のコインロッカーやATM、モバイルバッテリーなど、駅周辺のサービス事業を展開しています。コインロッカーについては、現在約140駅280箇所に設置しています。コインロッカー自体は昔からある事業で、訪日観光客の増加などもあり事業は順調に推移しています。一方で、設置数の過不足、お客様の利便性、料金体系、駅ごとの課題、事業収益の内訳など、正直なところ十分に分析できていない部分もありました。そこで、データを活用して分析・可視化することで、課題や改善策を見いだせないかという問題意識から、本プロジェクトを開始しました。株式会社メトロコマース リテール事業本部オートサービス事業部 鹿島 様レモンタルトに決まった経緯を教えてください。鹿島:今回、5社でコンペを実施しました。そもそも駅構内においてのコインロッカー運営は、他にあまりない業態でもあるため、まず事業内容を理解いただけることが重要でした。また、分析結果自体は同じような答えが出る可能性もありますが、そのうえで課題解決への提案力などを考慮しました。加藤:大手企業にもお声がけしていましたが、レモンタルトさんは、少人数の会社でありながら、むしろ私たちに寄り添って親身に考えていただける姿勢がありました。私たちの目的や、それを解決するための分析にも深い理解を示してくれたことが選定の要因です。また、「分析」だけではなく、その結果をもとにさまざまな課題解決に長く身近な仲間として協力してくれそうな点にも魅力を感じました。東京地下鉄株式会社 都市・生活創造本部ライフサービス事業部 加藤 様プロジェクトを始めるにあたり、「コインロッカー事業」の課題はどのあたりにあり、どのようなゴールを目的にしたのでしょうか。鹿島:東京メトロ約140駅280箇所、約5,000口のコインロッカーがありますが、そもそも足りているのか、足りていないのかも明確ではありませんでした。駅ごとの分析も細かくはできていませんでした。また、極小・小・中・大・特大の5種類のサイズがありますが、その組み合わせもこれまでは経験知に基づく部分が大きく、特に大サイズが不足しがちなことは感覚的には理解していたものの、具体的な数値として分析できていませんでした。今回レモンタルトさんと一緒に進めるプロジェクトでは、「満杯」状態を解消してお客様の利便性を向上すること、そして事業の収益を高めることを目的としました。サイズ・曜日・駅特性を掛け合わせ、需給ミスマッチを具体化分析は、具体的にどのようなアプローチで進めたのでしょうか。中辻:最初に取り組んだのは、「コインロッカーが実際にどう使われているのか」を把握することです。各設置場所ごとに、曜日・時間帯・改札内外・サイズ別の利用状況や満杯状況など、約160万件のデータを細かく整理し、数値化していきました。今回は、コインロッカー事業としては初めての本格的なデータ分析・可視化だったため、まずは各設置箇所ごとの売上金額と利用件数を見て、「どこで利用が多く、どこで少ないのか」を把握しました。加えて、曜日ごとに利用件数に波があるのか、多く利用される時間帯はいつか、1回あたり何時間預けられているのかといった時系列の利用傾向も確認しました。そのうえで各駅ごとの傾向を把握しました。駅別の売上と利用件数(各グラフはイメージで実際とは異なります)三宅:初期の分析結果から見えてきた大きなポイントの一つが、駅ごとの収益性に大きな差があるということです。駅ごとにそのスペースを最大限に活用するためにどうすべきか考えるきっかけにもなりました。株式会社メトロコマース リテール事業本部オートサービス事業部 三宅 様そこから、どのような切り口で深掘りしていったのでしょうか。中辻:次に、その傾向がサイズごとにどう変わるのかを見ていきました。極小・小・中・大・特大のサイズ別に見ることで、単純に「稼働している/していない」だけではなく、「小サイズは空いているが大サイズは満杯になっている」といった、需要と供給のミスマッチを捉えられるようにしました。そのうえで、駅特性、乗降者数の規模、他社路線との接続有無、改札内外の違いなど、よりミクロな切り口で分析しました。鹿島:駅ごとに分類を作り、分析した結果、同じグルーピングの中でも、利用傾向や売上パフォーマンスが異なっているなど、さまざまな差異や課題が表面化してきました。“売上効率”だけでなく、“使いたい時に使えない”状態をKPIに具体的に、ゴールやKPIはどのように設定されたのでしょうか。鹿島:ゴール、あるいはKPIとしては売上を見ていましたが、そのプロセスのKPIとして、1口、つまり1つのロッカーごとの売上や、駅ごとの効率・売上なども考慮しました。中辻:ご提案時からプロジェクトの初期にかけては、ロッカー1口あたりが1日でどれだけ売上を生んでいるか、RevPALのような売上効率を重視していました。コインロッカーを「限られた駅空間を活用する小口不動産」と捉えると、1口あたりの収益性を把握することは重要です。一方で、プロジェクトを進める中で、メトロコマース様から「お客様が使いたいときに満杯で使えない状態こそ重く見るべきではないか」というご意見をいただき、新たに「ピーク満杯時間」を主要KPIとして設定しました。この指標を導入したことで、ある駅では全サイズが満杯になっている時間が長い、別の駅では大サイズだけが満杯で小サイズは空いている、といった課題がより具体的に見えるようになりました。新たに作成した、コインロッカー事業のKPIツリー中辻:結果として、KGIは日次平均売上としつつ、主要KPIとして1口あたりの売上効率とピーク満杯時間を置き、その背景を回転数や客単価で分解する構造に整理しました。単なる収益性だけでなく、機会損失と顧客満足度の両方を捉えるKPI設計にできたことは、今回のプロジェクトの大きなポイントだったと考えています。バラバラだったデータを整え、各社横断で分析できる土台を構築データを分析可能な形に整えるうえで、どのような工夫があったのでしょうか。田原:今回のロッカー事業では、複数社のロッカーが運用されており、各社ごとに利用データは取得できていました。ただ、各社から抽出されるExcelデータは、フォーマットや項目、粒度がバラバラで、そのままでは事業全体やロケーションごとの需給を横断的に把握できない状態でした。そのため、まずは各社のデータを共通フォーマットに揃え、同じものさしで分析できる状態をつくることから始めました。この作業は単なるデータ加工ではなく、どの観点で分析したいのか、今後どのようにマスターデータを更新していくのかといった事業・運用上の論点も含めて、メトロコマース様と一緒に整理しました。事業と運用の両面からデータの形を定義できたことが、今回の分析基盤づくりの土台になったと感じています。写真左から 株式会社レモンタルト 中辻 / 田原データ基盤やETLの構成は、どのような考え方で設計されたのでしょうか。田原:今回特徴的だったのは、最初から重厚なクラウド基盤を構築するのではなく、あえてローカルで完結するETL実行環境を採用したことです。理由は大きく2つあります。1つ目は、プロジェクトのフェーズとの相性です。今回は「何が見えるのか、どのような示唆が出るのか」を探索していく段階だったため、先に大きな基盤を作るよりも、軽く手を動かしながら分析の筋を見極めるほうが合理的だと考えました。2つ目は、コストと自走性です。クラウドに乗せればランニングコストが発生しますし、運用も外部に依存しやすくなります。今回は、コストを抑えながら、メトロコマース様の業務担当者の方ご自身でデータ更新や処理を回せる状態を目指しました。もちろん、ローカル環境が万能というわけではありません。今後、扱うデータ量や関係者が増え、定常的な活用がさらに進む段階では、クラウドへの移行も視野に入ると考えています。ただ、順序としては、小さく始めてPDCAを回し、活用の型が見えたタイミングで基盤に投資することが重要です。今回はその前段階として、まずは業務担当者の方が自走できる状態を作ることを優先しました。 満杯時間・サイズ不足・価格設計から、次の打ち手を導出 では、今回の分析の結果として、どのようなファクトが見えてきたのでしょうか。鹿島:ある程度は予想していたことですが、それが明確に数値化され、結果として浮かび上がりました。具体的には、1つ目に、駅ごとに使われ方やニーズといったさまざまな差異があったことです。2つ目に、サイズごとに稼働率が異なることであり、設置しているロッカーの口数とお客様のニーズが乖離していたことが分かりました。また、大サイズロッカーを増やすことにより、オーバーツーリズム対策に寄与すること等も課題の一つとして認識することができました。3つ目に曜日や時間帯、イベントの有無等によって、需要に差が出ることも明確になりました。中辻:分析結果からは、単に「稼働率が高い/低い」だけではなく、「どの駅で、どのサイズが、どの時間帯に不足しているのか」まで把握できるようになりました。そのため、打ち手も単純な増設だけではなく、サイズ構成の見直し、設置場所の変更、案内強化、料金体系の検討など、複数の選択肢として考えられるようになりました。また、分析結果をもとに改善施策案を立案し、それぞれの効果をシミュレーションすることで、優先順位も検討しました。たとえば、サイズ入替で解消できる課題なのか、増設が必要なのか、価格の見直しによって需要を平準化できるのかといった観点で、施策を比較できるようにしました。鹿島:加えて、「価格」についての議論もされました。東京メトロのコインロッカーの料金は全駅一律ですが、駅前駐車場のように、駅ごとに価格差があってもいいのではないか、という考えもありました。一方で、私たち交通機関は公共性も非常に重要です。そこも踏まえて現在議論中ですが、今回の分析によって、お客様のニーズをベースに、より良い答えを出していける準備ができたと感じています。分析で終わらせず、事業改善の意思決定につながるプロジェクトへレモンタルトとしてプロジェクトを進めるにあたり、重視したポイントはどこですか?中辻:重視していたのは、分析結果を一方的に提示するのではなく、メトロコマース様と一緒に議論しながら、分析の見方や打ち手を深めていくことでした。実際に、「新橋駅は乗降者数が多い一方で、ロッカーの場所が人目につきにくい」「渋谷駅では近接する設置箇所同士で相互に案内できるのではないか」といった現場視点のご意見も多くいただきました。売上だけでなく、お客様の利便性や公共性も踏まえながら、案内強化や配置見直しなど、実行に移しやすい施策まで検討できた点が、今回の進め方の特徴だったと思います。田原:今回のプロジェクトでは、単にデータを可視化して終わるのではなく、実際の意思決定や施策実行につながる形に落とし込むことを重視していました。課題の発見から施策検討、効果のシミュレーションまでを一連の流れとして設計することで、コインロッカー事業を継続的に改善していくための土台を作ることができました。今回のプロジェクトの成果はどうお感じですか。また、社内ではどのように評価されていますか。鹿島:やはり、これまで肌感覚で考えていたことが、明確な分析数値という根拠になったことが大きいです。社内でも次のアクションに向けた課題認識の共有につながり、事業収益を上げることと、お客様の利便性を上げることの双方に寄与する取り組みであることを理解してもらえました。今回の結果を受けて、今後どのような取り組みにつなげていきたいと考えていますか。村加:これまでロッカーのデータが蓄積されていたにもかかわらず、それを使い切れておらず、担当の肌感覚で決めていた部分が多かったのですが、今回データを活用して分析し、それを根拠に戦略を策定するというプロセス自体にも大きな成果があったと思います。また、これを機に分析ツールもできたので、担当者がそれを活用していける体制が整ったことも成果だと感じています。定期的にお客様のニーズを的確に把握するベースができたことが良かったと思っています。具体的には、今後のロッカーの入れ替え時期に、ニーズに合ったサイズと個数を選定することなどが可能になりました。特に東京メトロの場合、他の鉄道会社と違い、都内でさまざまな違いのある駅が多いからこそ、分析の価値があったのだと思います。 株式会社メトロコマース リテール事業本部オートサービス事業部 村加 様では、プロジェクトを終えて、レモンタルトとの仕事はいかがでしたでしょうか。鹿島:レスポンスも早く、追加のさまざまな要望にも柔軟に応えていただき、安心して約半年という短い期間のプロジェクトを推進できました。中辻:こちらが分析を進めただけではなく、メトロコマース様と一緒にディスカッションを重ね、売上だけではなくお客様の利便性を向上させる目的でも発見や課題解決があったことは、私たちにとっても良い経験でした。田原:メトロコマース様の事業フェーズや運用体制に合わせて、オーダーメイドのデータ基盤を構築できたことが、何よりの手応えです。これは私たち単独では実現できなかったもので、メトロコマース様と密に対話を重ねながら一緒に形にできたからこそだと感じています。最後に、今回のプロジェクトの成果を教えてください。鹿島:今まで感覚的にやってきたことを、根拠をもって議論できるようになったこと。そして、それをもとに、より納得感のある意思決定ができるようになったことが大きな成果です。新しい課題や検討テーマもより明確になったので、今回得られた知見を事業改善につなげていきたいと思います。また、ロッカー以外の他の事業でも活用できることがあればトライしていきたいと思います。加藤:駅ナカビジネスはすでに多様なサービスが網羅されており、今後の成長にあまり期待できない感覚もありましたが、今回のデータ分析でコインロッカービジネスの可能性を、役員を含めて社内的にも共有でき、明るい材料につながりました。三宅:今回データ分析をするうえでツールとしてTableauを活用しましたが、今後、視覚的に社内他部署でもツールを活用したDXを共有できることも良かったと思います。